自分に本気で向き合うことになったNY

久しぶりにNY時代のことを
書いてみたくなった。

2005年4月〜2006年2月まで
私はNYに滞在していた。

NYは、私の人生を変えた場所。
衝撃の連続。

当時、青森に生まれ、
田舎特有の世間の狭さ、
価値観が一辺倒な世界にウンザリしていて

ところが、東京に来ても
自分の価値観の正しさを振りかざして
言葉で人を滅多刺しにする輩がいることや
「お勉強」はできるけど、
自分の「意思」がない大学の同級生に

自分は何を得に東京に来たのか
わからなくなり、

私が求めるものが「日本」にはないんだ

と、ハッと気付き、日本を出ると決意し、
半年後には、大学を休学してNYに。


NYは、控えめにいって、
めちゃくちゃ楽しかった。

細かい悲喜こもごもの人間模様は
いろいろあれど、
着いてから半年くらい
斬新なインターナショナルな出会い、授業、
NYという刺激的な街並みと空気感、
寮生活でのはっちゃけも、
羽目を外し過ぎたことも
たくさんやって、


すべてが新鮮でだったし、
NYに来なかったら出会うことない
日本人仲間たちとは、

日本で会うより蜜に深く
あらゆる話をした。

1人1人、目的も年齢も
置かれている環境も違うけれど、

同時期に
母国を遠く離れて、
人生の冒険をしに来たわけだからね。

どこか、心の深いところで
私たちは繋がっている、って

何やらクサい歌の歌詞のようなことを
勝手に感じているような
そんな仲間が出来て、

ハッピーNYライフを満喫していたんだ。


だけど、様子がおかしくなり始めたのは、
NYに来て半年くらい経った頃だった。

大好きで心を共有したと思っていた
NY仲間が、それぞれの滞在期間が終了し、
私の「モラトリアム期間は終了よー!」
と言わんばかりに、
どんどん帰国していった頃だった。

1人、また1人と、
心の拠り所となっていた友達が
私の話し相手だった人達が
NYからいなくなる。

平気だと思っていたのに
NYに取り残されたような寂寥感。

毎日ばか騒ぎできるくらい
近くにいたのに

・・・


そうやって、
少しずつ少しずつ
心に穴が空いていっていた。



その、寂寥感は、
もともと私にあったもので、

それまで私は、
その寂寥感を無意識に
埋めるようにして生きていたと
分かるのは、もっと後のこと。



心に穴が空いていく。
どうやっても寂しさが埋められない。


NYのビルの隙間から流れ込む夕日も
ハドソン川の雄大な景色も
Hiと掛け合う街の和やかさも
タイムズスクエアのダイナミックなエネルギーも
芸術的でノスタルジックなチェルシー街も
ふっと日本に触れられるグリニッジビレッジ界隈も



何もかもが、

「ああ、もう、
〇〇ちゃんは、ここにはいないだ」

という、私のひとりぼっち加減にだけ
焦点があたり、

拭ど拭ど、寂しさが込み上げてくる。


私、ダメかもしれない…?



湧き上がる寂しさと不安に耐えられず
NY在住の日本人女性カウンセラーを探す。


私は、パニック障害になっていた。



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